――ドナーミルク以前は、日本では“もらい乳”の文化がありましたよね?
水野先生:そうですね。日本の新生児医療の現場では、昔から行われてきました。NICU(新生児集中治療室)に赤ちゃんがいる他のお母さんに母乳を融通してもらうんです。日本の医療機関では今でもそれが続いているところがあるのですよ。
――“もらい乳”では不都合があるんですか?
水野先生:ええ。最近になって母乳からの感染症の危険があることがわかってきました。母乳は体液ですから、そのリスクを避けることは難しい。実際、2016年に周産期新生児医学界で、“もらい乳”から多剤耐性菌が見つかった事例が報告されました。
――多剤耐性菌、つまり抗生物質が効かない菌のことですね。ちょっと怖いですね…。
水野先生:問題はそればかりではありませんでした。“もらい乳”は危険だということになって、その医療機関では1500g以下で生まれた赤ちゃんに粉ミルクを与えることにしたのです。ところがそれが壊死性腸炎を引き起こした。赤ちゃんの成長にとっては深刻な事態になってしまいました。
――母乳に低温殺菌処理をして感染症の危険を排除したドナーミルクでなくては、赤ちゃんへの負担が大きいということになりますね。
水野先生:そうです。だから日本にもドナーミルクを安定的に供給できる母乳バンクを整備しなくてはならなかったんです。北欧のスウェーデンやノルウェーではNICUと母乳バンクがセットで作られていて、生後3時間からドナーミルクを与えています。米国でも多くのNICUで生後12時間から始めるようになったと聞いています。つまり先進国では、超早産児にはママの初乳が出るのを待たずに、ドナーミルクをあげるようにしているんですね。日本でも早くそうしたことができるように、体制を整えていく必要があると考えています。