この1年、世界中で新型コロナウイルス(以下、コロナ)が猛威をふるいました。手洗いやマスク着用、さらに密を避けるなどの行動制限等、私たちの「日常」は一変し、ここに来て毎日のように医療機関の逼迫(ひっぱく)を伝えるニュースを耳にするようになっています。赤ちゃんを待ち望んでいるプレママ、プレパパにとっては、妊娠・出産に大きな不安を感じる状況と言えそうです。
しかし慶應義塾大学名誉教授で産婦人科医の吉村泰典先生は「コロナ禍でも安心して赤ちゃんは産めます」といいます。そこで今回は、昨年6月に本サイトで公開した吉村先生のインタビュー記事「withコロナ時代の妊娠と出産」を最新版にリニューアル。コロナ禍の1年でわかったこと、本当に注意すべきこと、気をつけるべきこと、さらに妊娠・出産に係る医療機関の現状について改めてお聞きしました。
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。
免疫力が落ちる妊娠中は感染に注意が必要です
――さて、年明けに東京などいくつかの都府県で非常事態宣言が出されました。感染リスクが以前に増して高まっていると言えるかと思いますが、出産準備サイトとしては、やはり妊婦さんがコロナにかかった場合のリスクについて、まずはお聞きしたいと思います。
吉村先生:ええ。半年以上前のインタビューで「現時点ではコロナで妊婦さんが重症化しやすいとか、おなかの赤ちゃんに悪影響があるとか、あるいは流産や早産が増えたとか、死産が増えたとか、そういう報告はありません」とお答えしたかと思いますが、それは今も変わりません。
――つまり糖尿病や高血圧、肥満などの基礎疾患を持っていない妊婦さんなら、コロナに感染しても重症化のリスクは同年代の妊娠していない女性と変わらないというわけですね。感染の「しやすさ」についてはいかがでしょうか?
吉村先生:それは注意が必要です。体の中で大きな変化が起きている妊娠中は、免疫力が低下してしまいますから、感染しやすくなっているということが言えます。特に妊娠後期に呼吸系感染症にかかると、体に必要な酸素の供給に影響が出るなど危険を伴います。コロナは呼吸器系疾患を起こしやすい病気ですから、感染しないように気をつけなくてはいけません。
――とにかく感染しないように、ですね。今、外出自粛が呼びかけられていますが、こういう状況では、妊婦健診も控えたほうがいいのでしょうか?
吉村先生:いえ、そうは思いません。妊婦健診は妊婦さんとおなかの赤ちゃんの健康を守るために必要です。ちょっとした異変を早めに見つけて大事に至らないようにするためにも密を避けるなり、一般的に言われている感染対策を取りつつ受診をされたほうが良いかと思いますね。ただし健康状態や妊娠週数などによっては、受診の間隔をあけることができる場合がありますから、どうしても外出はしたくないという方はかかりつけの産科医とよく相談してください。なお妊婦健診はほとんど場合予約制で行われていますから、待ち時間が長すぎて大変ということはないと思います。
――仕事をがんばっている妊婦さんにとっては、通勤中や職場での感染が心配ですよね。
吉村先生:妊婦さんにはリモートワークを推奨したいです。基礎疾患のない妊婦さんは感染しても重症化することはありませんと言いましたが、普通の状態よりは感染しやすくなっていますからね。
吉村先生:通勤しなくてはならない仕事であれば、密を避けるなど職場環境を整えてもらうことも必要です。なお政府も雇用側に対して妊婦さんの健康を守るための「新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置について(※)」の要請を令和4年1月31日までに延長しています。この措置では、通勤の制限や感染のおそれが低い業務への配置転換など、妊婦さんの感染予防に十分な配慮をすることが求められています。私も、産婦人科医として言わせていただくなら、会社側が妊婦さんに対して十分に配慮するのは、社会的責務だと考えています。
――社会全体で妊婦さんやおなかの赤ちゃんの健康と未来を守る姿勢を示すべき時ですね。プレママがコロナにかかると、おなかの赤ちゃんに影響はないのでしょうか。
吉村先生:今のところ胎児の感染は非常にまれとされています。またウイルスが原因で赤ちゃんが先天性異常を起こすとか、早産、流産につながるという可能性は非常に低いと見られています。ただし、発見されてまだ1年しかたっていないウイルスですから、未知の部分もあり、調査研究は今も行われているところです。
――昨春の緊急事態宣言発出中は、里帰り出産も非常に難しかったと聞いています。今はどうなっているのでしょう。
吉村先生:日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が5月26日に合同で発表した「妊婦の皆様へ」というインフォメーションの中で、里帰り出産はできるだけ控えてほしいと呼びかけていますね。ですが、それぞれに事情は違うし、一概にしてはいけないということではありません。
――里帰り出産を希望する場合はどうしたらいいですか?
吉村先生:まずは妊娠中の経過や合併症の有無なども踏まえて、妊婦健診を受けているかかりつけ医に相談してみることをおすすめします。その上で、可能であれば帰省先の医療体制などを考慮して分娩施設を決め、早めに連絡しておいた方がいいでしょう。