“今、日本一相談したい小児科医”と言われる、慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋孝雄先生。本連載をきっかけにさまざまなメディアで活躍、2冊出版した自著の累計発行部数も10万部を超え、ますます注目を集める存在となっています。そんな高橋先生を迎えて、出産準備サイトでは東京・下北沢の本屋「B&B」のリモートイベント「子育てアレコレ相談室」を開催しました。本記事では、その様子を一部レポートいたします!
専門は小児科一般と小児神経。
1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。
あの大人気アニメも……刺激の強い映像は見せないほうがいいの?
担当編集I(以下、I):さて今回も、参加者からのリアルな子育てのお悩みについてお答えいただければと思っております。では、お一人目のご相談です。
【相談1】
5歳の男の子の母です。
「鬼滅の刃」ブームで保育園のお友だちはみんな見ているのですが、
うちの子は途中まで観て「こわいからみない!」といい、
その後3日くらい連続で夜中に泣きながら起きます。
夢をみていると思うのですが、目を開いて立ち走り回ります。
感受性が強すぎる?ということなのでしょうか…。
そもそも、あまり刺激の強いものは見せないほうが良いのでしょうか?(みーたん)
高橋先生:「鬼滅の刃」は僕も少しかじっているのですが、ストーリーは奥深いものがあって、人の心を動かす内容になっていて、子どもだけでなく大人もみんな夢中になっているのも納得です。良い作品だということは疑いもないことだと思います。ただ、こちらのお母さんがおっしゃるように、映像の刺激はちょっと強いかなと思っています。保育園、幼稚園と言わず、「小学校低学年の子どもが見て、一体何を感じるんだろう?」と思いました。作品の良いところをしっかり受け止めることができるようになってからでもいいのかなと。
I:映像の刺激が小さい子どもには強すぎると?
高橋先生:そうですね。強すぎるから見せるべきではない、とまでは思いませんが、個人的には、子どもにとっては刺激が強すぎると思います。ということは、このお子さんの感受性が強すぎるというわけではなく、無理からぬ反応だと言えるのでは。逆に5歳のお子さんが平気でこのアニメを楽しそうに見ているという場合には、そのお子さんは一体、何を持ってこのストーリーを面白いと感じているのか知りたくなります。
I:かっこよさだったり、スリリングさだったりに面白さを感じているんでしょうけど。
高橋先生:おそらくそうでしょう。ただ、少し“リスク”も感じるんです。アニメにしてもゲームにしても、バーチャルな世界ですよね。現実社会では起こっていないことを描いているわけです。そういったものを見て楽しむ、深く理解するためには、実際に本人が似たような体験をしたことがある、という点がとても重要だと思うんです。
I:そうですよね。ただ、本作の場合は特殊というか、日本刀振り回すようなことは、大人ですら実体験がないですよね。
高橋先生:もちろんそうですね(笑)。人を傷つけてしまうことがどういうことなのか、ちゃんと体験としてわかっているか、ということです。そして、人は死んでも、決して蘇るものではないということも。そういうことをしっかり理解できてから楽しむべき内容なのではないかなあと。
I:となると、ちょっとお兄さん、お姉さん向けなストーリーであり映像であると?
高橋先生:僕はそう思います。こういうレギュレーションは、アメリカなどでは厳しいですよね。子どもに見せて良いものと悪いものは、昔から社会として厳しく制御されています。日本はそこが甘いのですが、親のレベルで、家庭のレベルでちゃんとわけていたと思うんです。でも、この作品に関しては大人も夢中になっている(笑)。
I:たしかに。やっぱり面白いですからね。僕自身、最初見たときは「これは(5歳の)子どもに見せるのは早いし、大人の僕が見ても結構刺激あるなぁ」と感じたんです。でも、見続けてるうちに、映像の過激さは「ストーリー上の演出」として受け入れるようになるというか。それだけストーリーがしっかりしているからなんですけど。
高橋先生:そうそう。繰り返しになりますが、悪い作品ではなくて、深いストーリーもあることは存じ上げています。ただ少し、なんと言うか、こういったものが、メディアを介して割と手軽に子どもの手に届いてしまうということは心配しています。それで、質問者の話に戻りますが、途中まで見て、怖いから見たくないと言ったこの子は、僕はとっても好きですね。3日ぐらい、夜中に泣いてしまった…すごく良いことだなと思いました。
I:どういう意味で、ですか?
高橋先生:だって優しい子じゃないですか。絶対そうです。たとえば、この子が生意気な中学生になった時に、人が死んだりそういうシーンを平気で見られるようになって、つまりそれは現実じゃないんだと分かる年齢になった時に、「あなた5歳の時に『鬼滅の刃』を観て怖がり、3日ぐらい泣いたりしていたんだよ」って、言ってあげてほしいですね。
I:ちょっと気にしすぎかもしませんが、こういう刺激的な映像を観て、いわゆるトラウマになりうるんでしょうか?
高橋先生:まずは一般論として、いわゆる PTSD(※Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)という病気がありますよね。ある非常に強いストレスを経験した場合に、一般には少し時間を経てから、フラッシュバックのように非常に強い精神症状が出てしまう。
高橋先生:たとえば遠足で行列して歩いていたら松の木が倒れてきて、目の前のお友だちが潰されて亡くなってしまったとか。もしくは男児が体育館でスポーツをやっていて、男性コーチから度重なる性的な虐待を受けたとか。通常は PTSD の原因となるトラウマっていうのは、相当に強烈なものである、というのが私の認識です。ただ、専門家の先生に言わせると、それは人それぞれであると。他人から見れば些細なことなのに、後々に津波のように大きなものとなって返ってくる事ってあるんですよ、と言われるかもしれません。
I:この作品についてはいかがです?
高橋先生:僕はそこまでは心配する必要はないだろうと思います。というのは、やはり人間にはレジリエンス、簡単に言うと回復力がある。少々のストレスであれば克服して生きていく力があるんですね。それを超えるような取り返しのつかないストレス、あるいは繰り返し慢性的に虐待されていたとか、その結果としてPTSDになったりするのでしょう。
ただ全ての病気がそうであるように、特に感受性が強い人がいます。お母さんもそこを心配しているようですね。確かに、色々な精神疾患について、通常の人であれば大丈夫なのに、ある人は病気になってしまう、ということはあります。
I:この手のものは一切見せないようにする、というのがいいのか悪いのかわらかないですよね。あの作品から得られる学びはたくさんありますし。
高橋先生:ええ。ただ、繰り返しますが、5歳のときに「鬼滅の刃」を見て、怖くて途中から見れなくなってしまった、というのは“良い失敗”であり“良い体験”だったと思います。それはお母さんにとっても同じ。もしかしたら、お母さんは見せてしまったことを後悔されているかもしれませんが、その程度の失敗は育児の中では許されるべきことだし、むしろあった方がいい、くらいに思いますね。
I:また話を戻しますが、今いろんなコンテンツがたくさんあります。大人も子どももすぐ届くところにあって、子どもが現実と仮想の区別がついているのかどうなのかというのは親としてはわかりづらい。どれくらいのことができたら、どれぐらいの年齢になったら大丈夫、みたいなところはありますか?
高橋先生:年齢よりも経験値だと思います。実際の体験をどれだけ多く積んでいるか、まずは実体験を積ませた上で仮想体験を積ませる。そのバランスではないかと思います。実体験がない子に仮想現実を見せてはいけないとなると、「実体験はどこにありますか?」、「どういう実体験が良いですか?」という質問が必ず来ます(笑)。ただ、そんなものはそこら中に掃いて捨てるほどありますよ。子ども同士の遊びだったり、日常のお父さんお母さんとの食卓だったり、日常生活にいっぱい転がっている。
I:日常生活の中にたくさんの大切な学びが転がっているわけですね。
高橋先生:はい。多分、僕らが大人になって毎日が退屈なのは、本当に日常が日常だから。子どもの頃の毎日があんなに楽しかったのは、日常が新しいことの連続で、遊びでいっぱいだったから。けっこう揉め事もあったし。それらが「刺激的な実体験」になっていたんだと思います。
I:最後に一つ質問です。質問者のお母さんは、「目を開いて立ち、走り回ります」と書かれてます。これは心配はいらないですか?
高橋先生:寝ている間に走り回ったりする症状はあります。ちなみに、それは“ノンレム睡眠”の時に起きるので、夢は見ていません。ストレスが多い時に、いわゆる夢遊病のような状態になると言われているので、もしかしたら、この映像がストレスになっているのかもしれないですね。ただそれ以上の重大なものではないようです。将来の人格とか、コミュニケーション能力とか、そんなものにまで影響するわけはないので、そこはご安心ください。