生まれた時は何もできなかった赤ちゃんでも、幼児期になると言葉を覚え、社会性を身につけて、ひとりの人間として成長していきます。親離れが加速していくわが子の行動に、ママ・パパは戸惑うこともあるでしょう。
今回のテーマは、まだ先のことだけれど、考えておきたい「わが子との距離感」について。慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋孝雄先生に伺いました。
専門は小児科一般と小児神経。
1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。
「ママ・パパには内緒」は成長の証です。
――赤ちゃんから幼児期ぐらいまでは、ママ・パパはわが子のことなら何でも知っているし、分かっているつもりでいますよね。ところが成長するにつれて、そうでもなくなってくるようで…。ある知り合いの方からの相談です。
「小学3年生になった子どもの行動に戸惑うことが多くなりました。例えば、以前はどんな事でも話してくれたのに、最近隠し事をするようになったようです。先日も学校で友達とケンカをしたのに、家では何も話してくれなくて、いきなり学校から連絡が来て本当にびっくりしました。子どもの成長は嬉しいけれど、こういう時にどう向き合えばいいかわからず、悩んでいます」
高橋先生:隠し事って言うと悪いことのように感じられるかも知れませんが、言い方を変えると秘密、つまり“内緒の話”です。子どもは秘密が大好きですよね。自分の子どもの頃の思い返してみたら、誰でも「お母さん、お父さんには内緒だけど…」という、ささやかな楽しみのひとつやふたつはあったのではないでしょうか。
親に秘密を持つのは、子どもにとってある意味では喜びだし、成長のためにとても貴重な経験です。まったく悪いことではない。そして、親には言えなくても友だちには言えるようなことであれば、なおいいですね。あるいは、兄弟同士では言えるけど、お母さんには内緒ね…とか。
――子どものことはすべてを知っておきたいと思う反面、自分が子どもの頃、親にすべてを知ってほしかったかというと、そうでもなかったりしますからね。知られるとがっかりするんだろうな、と思うことは積極的に隠していたような気もします(笑)。
高橋先生:そうそう、内緒にしておくって、場合によっては思いやりの表れでもあった。あえて言わないでおいてあげよう、内緒にしておいてあげる、という意味合いもありますよね。要するに内緒って別に悪いことじゃない。あっていいことなんです。
思春期になれば、子どもは秘密だらけですよ。友だちには話せなくても兄弟姉妹には話しているかもしれないし、お母さんになら言えるけれど「お父さんには内緒」なんていうこともあるでしょう。
――たしかにそれはそうですよね。ただ、これもずっと先のことかもしれないですが、学校などでは「いじめ」もあると思うんです。加害者になるか被害者になるか、傍観者になるか、はたまた幸運にもそうしたことと無関係でいられるかはわかりませんが、人生のどこかで「いじめ」のある環境に身を置くことになるのだろうなと。
高橋先生:はい。
――仮にわが子がいじめられる立場になったとき、親の気持ちを思って「内緒にしておこう」「言わないでおこう」って思わないでほしいんですよね。ちゃんと頼ってほしいというか、まずは話してほしいと思っていて。それは子どもの頃から「なんでも話す子」の方がいいのかなと思ったり。
高橋先生:なるほど。繰り返しになりますが、秘密は悪いことではないし、隠し事がいくつかあっても、それで親子の信頼関係がないとか、薄いとかということではないと思うんです。ただ、今のお話でいうと、やはり本当に辛くなったり、ここぞという時には「この人に頼る」という相手がいることがとても大事ですよね。
―――それが親であっても兄弟であっても、友だちであってもですね。
高橋先生:ええ。相談できる相手がいるかどうかが、その子の人生を大きく変えることになると思います。自殺を考えるくらい苦しんでいる子は、親にも思いを打ち明けられない、そして友だちにも兄弟にも相談できない、ましてや学校の先生には言えないという状況に陥っていることがほとんどでしょう。誰にも話せていないんだから、学校でいじめアンケートをしてもわかるわけがないんです。
――そうですよね。そういうときに、親はどうしたら子どもを守れるものなのでしょうか?
高橋先生:幼い頃からの親子関係が重要だと思います。小さい時から親子の愛着形成ができていて、イヤイヤ期にも愛情をしっかりと伝えておく。同時に友だちとの関わりから、親と友だちの違いを学ぶことも大切でしょう。親の愛情をしっかり感じつつ、だからといって愛に縛られるのではない。親のことを見て、親のことを知る。友だちと深く付き合い、楽しいこと、嫌なことなど、たくさん学ぶ。そして最後に頼りになるのは、やっぱり母であり父なんだ、と自然と分かってくるものだと思います。