そこで進められているのが国や自治体による、健康な女性の卵子凍結に関する助成金制度の拡充。東京都は2023年度から、健康な女性の卵子凍結にかかる費用を1人あたり30万円程度助成することを決め、24年度の本格実施を目指しています。

こうした補助があれば、若い女性の決断を促せる、少なくとも選択肢を広げる一助にはなり得ると考えられます。しかしいくつかの側面から、助成金の拠出には課題があると吉村先生はいいます。

「基本的に女性を助けようという動きには賛同したいのですが、これらの助成金が本質的に女性の生き方をサポートするかは疑わしいと思っています。

ひとつはすでに生殖補助医療業界が、これを“新しいマーケットである”と認識して、ビジネス化しようとしていること。つまり女性の不安に漬け込み、不安感を煽ってお金を取ろうとしている…少なくとも私にはそういうクリニックも多いように感じています。仮に助成金が出れば、若い女性をターゲットにより“卵子凍結ビジネス”は加速していくことになります。言い方を変えれば、女性がますます“狙い撃ち”にされてしまう」（吉村先生）

「そもそも、採卵した凍結卵子を実際に使用するケースは思いのほか少なく、アメリカのある調査では、使用率は1割以下で9割以上は使用していません。また2016年から2018年に、千葉県浦安市で実施された『浦安プロジェクト』でも卵子を採取した34人中、凍結卵子を使用して妊娠された方は1人だけでした（研究期間が3年と短いこともありますが）。

そうした使用率の低いものに税金を投入することの是非は問われることになると思います。アメリカの一部企業のように福利厚生としてサポートする方が問題は少ないように思いますが、ただそれも一部企業だけに限定されると、それも『フェアではない』という批判も出てくるでしょう。非常に難しい問題です」（吉村先生）

健康な女性の卵子凍結は、女性の社会進出を助けたり、将来的に子どもを持ちたい女性の強い味方になるもの。でもそれは「理想的に運用されることが前提」と吉村先生は繰り返します。

「女性は『産む』こと以外にもいろいろな社会的役割、やりたいこと、果たしたい夢がたくさんある。妊娠や出産の適齢期はありますが、その時期を捧げないと『（子どもを持つ）チャンスがなくなる』『女性として生まれた以上は仕方がない』と社会として言うのは乱暴で、そうしたジレンマに苦しむことがないよう、新しい選択肢としてノンメディカルな卵子凍結があると思うのです」

「卵子凍結は晩産化や少子化を解決したり、女性の夢や希望を一発で叶える“魔法”ではありません。先ほども申したように、さまざまな問題をはらんでいる。だからこそ、今女性たちがどういうことに悩み、どんな課題に直面しているのか実態を知った上で、医学的なファクトを踏まえて、どのように運用されるべきかの議論をすべきだと思うんです。

そうした議論なしに、将来の妊娠を望む女性＝当事者に問題そのものが可視化されていないことも問題だと感じています。加えて、一部のクリニックによる、女性の不安につけこむ“卵子凍結ビジネス”です。女性のための医療技術、そして国や自治体の助成制度がビジネスの種にされつつあることに、非常に問題意識を持っています」（吉村先生）

卵子凍結は、女性の生き方や働き方の可能性を拡張してくれる新しい選択肢です。子どもを望む女性が迷うことなくその選択肢を取れるような社会にしていくのはどうしたらいいのか。そしてどうすれば女性の未来を明るく照らすことができるのか。本マガジンでは、これからもこのテーマについて注視していきたいと思っています。

実際に卵子を凍結されている方、凍結卵子で妊娠・出産を経験された方、また卵子の凍結を検討される方のご意見などありましたら、ぜひ公式ツイッター　@baby_mikihouse にご意見お寄せください。

【監修】吉村泰典（よしむら・やすのり）

慶應義塾大学名誉教授　産婦人科医

1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次～第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人　吉村やすのり　生命の環境研究所」を主宰。