――新型コロナウイルスの流行で、改めて人類にとってウイルス感染症は脅威だということを認識させられました。
吉村先生:そうですね。自分の力で増殖する細菌と違い、ウイルスは他の生き物の細胞の中にもぐりこんで(=感染して)自分の遺伝子を増殖させていくことで生き残ります。しかも無数の種類のウイルスが自然界のどこにでもあるので、残念ながらどんなに医学が進歩してもウイルス感染症がなくなるということはないだろうと言われています。
――なくならないからこそ、ワクチン開発が必要になってきますよね。その社会で7割から8割の人がワクチンを打ち、抗体を持つようになれば、ウイルスを運ぶ人が少なくなり、感染の機会を減らすことができる…いわゆる集団免疫で対抗するしかないと。
吉村先生:はい。ですからワクチンがある感染症については、自分を守るためでもありますが、この社会に暮らすみんなのために接種していただきたいと思います。それにより社会からその感染症を“排除”していくわけです。ところがワクチン開発というのは一朝一夕に進むものではありません。なかなか抗体ができないウイルスがあったり、抗体ができても短時間で力が消滅してしまったりと抗体の性質は様々で、それを見極めるだけでも相当な時間がかかります。ですから新型コロナウイルスにしても、海外では9月には量産体制が整うとか、国内でも大阪で治験がスタートしたなど、さまざまな報道がありますが、実際に多くの人に接種されるようになるには、かなり時間を要するだろうなと見ています。そして治療薬も同じ。既存の他の病気のための薬が使われていますが、新型コロナウイルス感染症そのものを治療する薬は未だみつかっていません。まぁ、これはインフルエンザ以外の、ほとんどのウイルス感染症に言えることですが、感染症そのものを治療する薬は新型コロナウイルスに限らずありません。
――ということは、先程挙げていただいた「夏の3大ウイルス感染症」にかかってしまっても、治療薬はないと?
吉村先生:そうです。ワクチンも治療薬もありません。ですから自然にからだが回復していくのを待つしかありません。高熱が出たら、体力の消耗を避けるために解熱剤で熱を下げるなどの対処療法が取られることはありますが、基本的には栄養を十分に摂って、よく眠り、安静を保つということになります。
――そうなるととにかく感染しないように注意しなければならないわけですね。予防はどのように行えばいいのでしょうか?
吉村先生:新型コロナウイルス感染予防と同じです。「夏の3大感染症」を引き起こすヒトパルボウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスはすべて飛沫と接触によって感染が広がっていくものですからね。はしかや結核のように感染力が強くて空気感染するウイルスもありますが、ほとんどのウイルスは飛沫感染と接触感染です。飛沫感染、接触感染の予防にはソーシャルディスタンスを保って三密を防ぎ、こまめに手洗いをして、外に出るならマスクを付けるといった手段が予防には非常に有効であるということは間違いありません。
――つまり「新しい生活様式」に従えば、例年、夏には気をつけなければいけなかったメジャーな感染症も予防できるということですね。
吉村先生:そう思います。今年の春先は例年猛威を振るうインフルエンザの発症数が少なかったのですが、それはみなさんが手洗いとマスク着用を心がけたからだろうと推測されます。おそらくこの夏も、夏風邪にかかる人も減るのではないでしょうか。
――皮肉にも新型コロナウイルスが、その他の感染症予防の大切さを教えてくれているのかもしれませんね。
吉村先生:前向きに考えれば、そうですね。ただこれから暑くなりますから、妊婦さんは感染症予防だけでなく、熱中症対策も心がけていただきたいです。先日の「プレママの夏、withコロナの夏 熱中症対策、ポイントは『マスクの使い方』」でもお話した通り、人のいないところではマスクを外す、こまめに水分補給をするなども忘れないで実践してくださいね。今のところ、新型コロナウイルスが妊婦さんや赤ちゃんに深刻な影響を与えたという症例は報告されていませんから、妊婦さんは赤ちゃんと会う日を楽しみに、元気に夏をすごしていただきたいと思います。
米国のジョンズ・ホプキンス大学のまとめ(※2)によると、7月15日の時点で、世界で約1335万人が新型コロナウイルスに感染しています。日本では2万人台とは言え、経済活動が徐々に再開された7月に入ってからの感染者数は増加していて、第2波への危機感は高まっています。
家の外に一歩でも出る時は「新しい生活様式」を意識して、プレママは夏のウイルス感染症も予防して下さい。2019年6月4日の配信記事「『どうしてワクチンが必要なの?』専門医が語る予防接種の基礎知識」で生後2か月から始まる子どものための予防接種の意義やスケジュールにも目を通しておくと、安心して赤ちゃんを迎えることができそうですよ。
- <参考資料>
-
- ※1日本産科婦人科学会発行の「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」
-
※2COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (2020年7月15日/ジョンズ・ホプキンズ大学)
https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。